東京高等裁判所 平成3年(行ケ)96号 判決 1994年12月15日
フランス国、75116・パリ、
アブニユ・ドウ・マラコフ、121
原告
ブル・エス・アー
代表者
ミシエル・コロンブ
訴訟代理人弁理士
川口義雄
同
中村至
同
船山武
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官
高島章
指定代理人
奥村寿一
同
本多弘徳
同
荻巣誠
同
吉野日出夫
同
関口博
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が昭和62年審判第3781号事件について平成3年1月21日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文1、2項と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、「データを記憶し処理するための携帯可能なデータ担体」と題する発明(以下「本願発明」という。)について、フランス国における1977年8月26日付け特許出願に基づく優先権を主張して、昭和53年8月25日、特許出願をした(昭和53年特許願第102790号)が、昭和61年11月7日、拒絶査定を受けたので、同62年3月17日、審判を請求した。特許庁は、この請求を同年審判第3781号事件として審理した結果、同年11月26日、出願公告した(昭和62年特許出願公告第56556号)が、特許異議の申立てがあり、平成3年1月21日、前記請求は成り立たない、とする審決をし、その審決書謄本を平成3年1月30日、原告に送達した。
2 本願発明の要旨
「データを記憶し処理するための携帯可能なデータ担体であって、前記携帯可能なデータ担体には、第1の部分を有するメモリが含まれ、かつ前記第1の部分にはキーが含まれており、前記メモリの前記第1の部分については、前記データ担体の外部装置によるアクセスは禁止され、前記データ担体の内部回路による読出しおよび書込みは許容されており、
また、前記携帯可能なデータ担体には、前記メモリに対して作動的に関連されている内部的な手段であって、前記メモリでの読出しおよび書込みのための第1の手段、前記メモリに書込むべき外部データを受入れるための第2の手段、前記メモリから読出されたデータを外部に伝送するための第3の手段、および前記データ担体の前記外部装置から受入れた可能化キーを前記メモリの前記第1の部分に含まれたキーと比較してチェックするための第4の手段が含まれており、
また、前記携帯可能なデータ担体には、さらに、前記受入れられたキーが正しくないときには、前記メモリの前記第1の部分の或る所定の領域に誤り情報を記憶するために、前記読出しおよび書込みのための第1の手段と関連されている手段、および前記受入れられたキーが正しいときには、前記メモリの前記第1の部分の別異の領域にアクセス情報を記憶するために、前記読出しおよび書込みのための第1の手段と関連されている手段が含まれている、
データを記憶し処理するための携帯可能なデータ担体。」(別紙図面1参照)
3 審決の理由の要点
(1) 本願発明の要旨は前項記載のとおりである。
(2) 昭和52年特許出願公開第7649号公報(昭和52年1月20日出願公開、以下「引用例」といい、同引用例記載の発明を「引用発明」という。)には、「プログラム可能なメモリ1と、メモリ1のアドレス回路1aと平行に結合されたアドレスデコーダー8と、各入力(L、ENTR)がメモリ1の出力13と携帯物品の入力12に各々結合され、携帯物品に導入される秘密コードをメモリ1内の資格データと比較する識別比較装置5と、アドレスデコーダー8と識別比較装置5に各々結合される書込み及び/又は読取り許可指令装置14と、携帯物品の入力12とメモリ1の入力Eとの間に直列に結合され、書込み及び/又は読取り許可指令装置14によって指令される制御装置4と、携帯物品の出力16とメモリ1の出力13との間に直列に結合され、書込み及び/又は読取り許可指令装置14によって指令される制御装置3と、識別比較装置5の出力ERに結合され、識別比較装置5によって検出された秘密コードの誤りの証拠を記憶させておくための記憶回路7と、識別比較装置5の出力EXに結合されたシュミレーション回路6とから構成されると共に、その記憶回路7がメモリ1のメモリ素子によって構成され、かつ、そのシュミレーション回路6がアースされた抵抗によって構成されている、データ伝送装置と組合されてデータを秘密状態で記憶及び伝送するための携帯物品(カード)」が記載されている(別紙図面2参照)。
(3) 両発明を対比すると、本願発明のデータ担体には、その明細書の記載からみて、カードが含まれているのは明らかであるから、本願発明と引用発明は、データを記憶し処理するための携帯可能なデータ担体である点で共通している。そして、引用例に記載の「資格データ」は、本願発明の「キー」に対応し、かつ、引用例に記載の「メモリ1」も資格データを含むものであって、その資格データは、引用例に記載された「書込み及び/又は読取り許可指令装置14」の構成・動作からして、外部装置によるアクセスは禁止され、データ担体の内部回路による読出しは許容されているものであるから、引用発明と本願発明とは、「携帯可能なデータ担体には、第1の部分を有するメモリが含まれ、かつ第1の部分にはキーが含まれており、メモリの第1の部分については、データ担体の外部装置によるアクセスは禁止され、データ担体の内部回路による読出しは許容されている」点で一致する。また、引用発明は、識別比較装置5によって、メモリ1内の資格データと携帯物品に導入される秘密コードとを比較し、その結果が正しければ書込み及び/又は読取り許可指令装置14が指令を出し、携帯物品の入力12からのデータを制御装置4を介してメモリ1に書込み、並びにメモリ1からのデータを制御装置3を介して携帯物品の出力16から読出されるものであるから、両発明は、「メモリに対して作動的に関連されている内部的な手段であって、メモリでの読出しおよび書込みのための第1の手段、メモリに書込むべき外部データを受入れるための第2の手段、メモリから読出されたデータを外部に伝送するための第3の手段、およびデータ担体の外部装置から受入れた可能化キーをメモリの第1の部分に含まれたキーと比較してチェックするための第4の手段が含まれる」点で一致する。さらに、引用発明は、受入れられた秘密コードが正しくないときには、メモリの第1の部分以外の所定の領域から構成される記憶回路7に誤りの証拠を記憶するものであるから、両発明は、「受入れられたキーが正しくないときには、メモリの所定の領域に誤り情報を記憶するために、読出しおよび書込みのための第1の手段と関連されている手段が含まれている」点において一致する。
したがって、両発明は、以下の点で相違する以外は一致する。
引用発明は、誤り情報をメモリの第1の部分以外の所定領域に記憶し、かつ、受入れられたキーが正しいときには誤り情報をメモリに書込むときの電流と同じ電流をシュミレーション回路に流すのに対して、本願発明は、誤り情報及び受入れられたキーが正しいときのアクセス情報をメモリの第1の部分の所定の領域にそれぞれ記憶するようにした点(相違点a)及び引用発明は、メモリの第1の部分が内部回路による読出しだけが許容されるのに対して、本願発明は、メモリの第1の部分が内部回路による読出し及び書込みが許容されている点(相違点b)においてそれぞれ相違する。
(4) 相違点aは、引用発明のシュミレーション回路は、秘密コードが正しいときに、誤り情報をメモリに書込むときの電流と同じ電流を流すものであり、それにより「悪用者がこの携帯物品の電圧供給導線で消費される電流を観察しても、テストした秘密コードが正しいのか間違っているのかを知るための制御装置3を介する情報の出力又は非出力からは何の結論も得られず、その電流計の目的は達成できない」という作用効果を奏するものである。そして、これは、本願発明の「データ担体に入れられたキーが正しかったとき、または、正しくなかったときのいずれの場合においても、キーを入力するときにデータ担体において消費される電流量は一定であり、このために、当該データ担体の不正な使用者が電流量をモニタすることにより対応の正しいキーを発見するように努めたとしても、その目的は達成することはできない」という作用効果と同じものである。そして、引用発明は、誤り情報及び資格データについては携帯物品の内部メモリに記憶されるものであり、特に前記資格データについては外部からのアクセスができない部分(本願発明のメモリの第1の部分に相当)に記憶させているのであるから、これらの事実に照らしてみて、本願発明のようにキーのみならず、誤り情報さらにはキーが正しいときのアクセス情報をもメモリの第1の部分の所定の領域にそれぞれ記憶せしめることは、外部からのアクセスを許すか否かの程度に応じて当業者が容易に推考できたものと認められる。
次に、相違点bは、メモリの第1の部分に誤り情報及びアクセス情報を記憶するためには、当然メモリの第1の部分がデータ担体の内部回路による書込みが許容されるものでなければならないのは明らかであるから、本願発明のようにメモリの第1の部分をデータ担体の内部回路による読出し及び書込みが許容されるようにする程度のことも、当業者が必要に応じて容易に推考できたものと認められる。
(5) したがって、本願発明は、引用発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条2項により特許を受けることができない。
4 審決の取消事由
審決の認定判断のうち、審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)の一致点に関する摘示のうち、引用発明は、「データを処理する」とした点、引用発明の資格データは、データ担体の内部回路による読出しが許容されている点、及び、引用発明が本願発明の第1の手段に相当する構成を具備する点においていずれも本願発明と一致するとした点は争うが、その余は認める。同(3)の相違点の摘示のうち、引用発明が、受入れられたキーが正しいときに誤り情報をメモリに書込むのと同じ電流をシュミレーション回路に流すとした点及び本願発明がアクセス情報をメモリの第1の部分の所定領域に記憶するとした点は否認するが、その余は認める。同(3)の相違点aに対する審決の判断のうち、引用発明のシュミレーション回路が、秘密コードが正しいときに、誤り情報をメモリに書込むときの電流と同じ電流を流すとする点、両発明の作用効果が等しいとする点、及び、キー及びアクセス情報をメモリの第1の部分の所定領域に記憶せしめる構成を容易に想到できたとした点はいずれも争うが、その余は認める。同(3)の相違点bに対する審決の判断は争う。同(4)は争う。
審決は、引用発明の技術内容の把握を誤った結果、一致点を誤認して相違点を看過し、また、各相違点の判断を誤るとともに、本願発明の顕著な作用効果を看過したものであるから、違法であり、取消しを免れない。
(1) 一致点の誤認1(取消事由1)
審決は、引用発明は、「データの処理」を行う点において本願発明と一致するとする。しかし、本願発明の前記要旨にいうところの「データを処理する」とは、「処理において、データに演算を施すこと」(甲第5号証)であるところ、引用発明は、単にデータを記憶するに止まるものであることは、審決も同発明を「データを秘密状態で記憶及び伝送するための携帯物品」と認定しているところからも明らかであって、同発明が「データの処理」を行うということはできないし、引用例にデータを処理することを伺わせる記載もない。したがって、審決はこの点において両発明の一致点を誤認し、相違点を看過したものというべきである。なお、被告は、引用発明におけるキーの「識別比較」をもって「データの処理」に含まれるとするが、本願発明の前記要旨の記載によれば、引用発明におけるデータの「識別比較」に相当する「キー」は、「データ」の処理と区別して記載されており、「キー」は「データ」の処理に含まれないのであるから、被告のこの点に関する主張は失当である。
(2) 一致点の誤認2(取消事由2)
審決は、引用発明の資格データは、データ担体の内部回路による読出しが許容されている点において本願発明と一致するとする。しかし、引用例記載の書込み及び/又は読取り許可指令装置14についてみても、それは、デコーダ装置8(第1c図)の出力A0-A15とCM1と比較装置5(第1b図)の出力EXを受け取って、その出力ALEを書込み及び/又は読取り制御装置3、4に供給するにすぎない。したがって、書込み及び/又は読取り許可指令装置14は、外部装置が資格データヘアクセスすることは禁止するが、記憶モジュール1の読出しを行うものではない。のみならず、引用発明においては、記憶モジュール1からの読出しは、アドレス計算機2が外部からの時計11によって直接に制御されることによって行われる。すなわち、アドレス計算機2は、時計11の個数の如何によって制御される。そうすると、内部回路による記憶モジュールからの読出しは行われておらず、記憶モジュールの読出しは、外部装置の直接の制御下に行われているものである。したがって、審決はこの点において両発明の一致点を誤認し、相違点を看過したものというべきである。
(3) 一致点の誤認3(取消事由3)
審決は、引用発明が本願発明の第1の手段に相当する構成を具備する点において本願発明と一致するとする。しかし、引用発明の書込み及び/又は読取り許可指令装置14は、1個のゲートET(アンド・ゲート)41と1個のゲートOU(オアゲート)40からなる(第1d図)にすぎず、上記装置14がメモリ1への書込みと読取りをすべて制御することはできない。かえって、引用発明では、外部の計算処理装置155との協働によってメモリ1への書込み、読取りが行われている(第2図)のであって、引用発明には、「前記メモリに対して作動的に関連されている内部的な手段であって、前記メモリでの読出しおよび書込みのための第1の手段」に相当する構成は存在していない。したがって、審決はこの点において両発明の一致点を誤認し、相違点を看過したものというべきである。
(4) 相違点aについての判断の誤り(取消事由4)
審決は、引用発明のシュミレーション回路は、秘密コードが正しいときに、誤り情報をメモリに書込むときの電流と同じ電流を流すものであるから、この点において本願発明における消費電流同一の作用効果と同一であるとする。しかし、引用発明の回路構成では、消費電流同一とはならないのであるから、審決の前記認定は誤りであり、これを前提とする相違点aに関する判断も誤っている。すなわち、引用発明では、秘密コードが誤りである場合には、記憶回路7のアースされたヒューズ51にそれを破断する電流を流し、正しい場合には、シュミレーション回路6のアースされた抵抗61に電流を流している。このように、引用発明では、一方では破断可能なヒューズ51であるのに対し、他方では抵抗61であるように、異質の電気材料からなる電気部品に電流を流しているのであるから、両者を流れる電流は顕著に相違することは明らかであり、消費電流同一の作用効果を奏するものではない。
また、審決は、本願発明のようにキーのみならず、誤り情報さらにはキーが正しいときのアクセス情報をもメモリの第1の部分の所定の領域にそれぞれ記憶せしめることは、当業者が容易に推考できたとする。しかし、引用例には、誤り情報を記憶する場合に、その不可逆性と不可侵性を保証する旨の明示的な記載はないし、これを示唆する記載もない。のみならず、引用例には、「ゲート41の入力A0-A15によって携帯物品のメモリー内に含まれる資格データの不可逆性と不可侵性が保証され、この入力によってゲートETは資格データに含まれるメモリーのアドレスに対して自動的に閉じられる。」(甲第4号証10頁左上欄15行ないし19行)との記載があり、この記載によれば、不可逆性と不可侵性が保証されるメモリの領域は資格データによって満たされていて、他の情報が記憶される余地はないのである。したがって、引用例には、誤り情報を記憶する場合、外部装置によるアクセスを禁止することが示唆されていないことは明らかである。また、審決は、誤り情報をいかなる記憶領域に記憶させるかは、当該情報に対する外部からのアクセスを許すか否かの程度に応じたことというのであるが、この判断は根拠に欠ける。
さらに、引用発明においては、テストした秘密コードが正しい場合、シュミレーション回路のアースされた抵抗に電流を流すものとされていて、秘密コードが正しい場合にその痕跡を残すという技術的課題についての記載はない。したがって、引用例には、アクセス情報をメモリに記載することは示唆されていない。そうすると、審決は引用発明の技術的理解を誤り、相違点aについての判断を誤ったものである。
(5) 相違点bについての判断の誤り(取消事由5)
審決は、メモリの第1の部分をデータ担体の内部回路による読出し及び書込みが許容されるようにする程度のことは容易に推考できたものであるとする。しかし、前述したように、引用発明の外部装置によるアクセスが禁止されるメモリ領域は資格データによって満たされていて、他の情報が記憶される余地はないのである。したがって、引用例には、メモリの第1の部分について、使用時に書込みが許容されるべきであるとの示唆は存しない。のみならず、審決の前記判断は、メモリの第1の部分に誤り情報及びアクセス情報を記憶することが当業者に容易に推考できることを前提とした上で、その記憶を内部回路により書込みが許容されるようにすることも容易に推考できるとするものであるから、「容易の容易」の論理であって、特許法29条2項の解釈に悖る。したがって、相違点bについての審決の判断は誤っている。
(6) 顕著な作用効果の看過(取消事由6)
本願発明の奏する消費電流同一の作用効果は、誤り情報及びアクセス情報をいずれもメモリに書き込むことによって生ずるものである。
これに対し、引用発明は、既に述べたように、誤り情報の場合には、記憶回路7のアースされたヒューズ51にそれを破断する電流を流し、正しい情報の場合には、シュミレーション回路6のアースされた抵抗61に電流を流しているため、両回路を流れる電流は顕著に相違する。したがって、引用発明においては、本願発明の奏する消費電流同一の作用効果は得られないのであるから、審決は、本願発明の前記作用効果を看過したものである。
また、本願発明では、誤り情報及びアクセス情報は、メモリの第1の部分の所定領域内の別異の領域にそれぞれ記憶されるため、外部装置によるアクセスが禁止されて保護されている。そして、本願発明では、誤り情報及びアクセス情報をメモリに記憶することによって、これらの情報を区別して利用することが可能となるが、引用発明では、かかる作用効果は期待できない。
さらに、本願発明では、データの記憶のみならず「勘定データの処理、分類、ファイルの作成等」のデータの処理も可能であるが、かかる作用効果は引用発明には期待できないのである。
以上のように、審決は、本願発明の奏する顕著な作用効果を看過したものであるから、違法である。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張
請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当である。
1 取消事由1について
引用発明においては、審決が摘示するように、データの「識別比較」を行っているのである。そして、一般的にいって「識別比較」とは、一種の「演算」に他ならないから、仮に、「データの処理」が原告主張のように「データに演算を施すこと」であるとしても、引用発明も「データの処理」を行っているのである。のみならず、「データの処理」とは、「必要な情報を得るため、データに対して行う一連の作業」、「データ操作全般について使われる用語でデータが観測されるか、収集された時点から、そのデータが消滅する時点に至るまでにデータに起こるすべてのこと」を意味するものであるから、引用発明が前記のとおりデータの「識別比較」を行っていることからすれば、それは「データに作業を行っている」ものであり、また、「データに何かが起こっている」ものということができるのであるから、引用発明がデータの処理を行っていることは明らかであって、審決に原告主張の誤りはない。
2 取消事由2について
引用発明においては、アドレスデコーダー8の出力A0-A15を1つの入力とする、書込み及び/又は読取り許可指令装置14が制御装置3や制御装置4を指令しているとともに、制御装置4の出力がメモリ1の入力Eとなっており、また、アドレス計算機2からの出力1aがメモリ1の入力となっていて、これらによりメモリ1の読取りを行っているのであり、アドレスデコーダー8、書込み及び/又は読取り許可指令装置14、制御装置3、制御装置4及びアドレス計算機2はいずれも明らかに内部回路であるから、記憶モジュールの読出しは、内部回路の制御によって行われるものであって、原告主張のように、外部回路の直接の制御の下で行われているものではない。また、原告は「アドレス計算機2は、時計11の個数の如何によって制御される」とするが、この点は本願明細書においてもクロックが外部から内部に与えられており(第5図、CLK<5>の端子参照)、これが引用発明の時計11がクロックを与えていることに相当することは明らかであるから、この点からみても、両発明に差異はない。したがって、原告の主張は誤っており、審決に原告主張の誤りはない。
3 取消事由3について
引用発明においては、書込み及び/又は読取り許可指令装置14が制御装置3や制御装置4を指令していて、携帯物品の入力12からのデータを制御装置4を介してメモリ1に書込み、また、メモリ1からのデータを制御装置3を介して携帯物品の出力16から読出されるようにした(但し、資格データは外部に読出されない。)ものであり、これらの内部回路によってメモリ1への読出し及び書込みが行われるものである。そして、引用例には、メモリ1への書込み及び読出しについては、特に明確な記載はないが、当然のこととしてタイミングに従って行われているものである。メモリ装置の書込み、読出しにはタイミングは当然にあるものであるから、引用例では明確に記載されていないにすぎないのである。原告が援用する引用例第2図の外部のデータ伝送を制御する処理装置155は、メモリの書込み、読出しを直接制御するものではない。データ伝送制御する処理装置155は、端子11に時計カウントを供給するものであって、前記の許可指令装置14と協働してメモリ1への読出し及び書込みを行うといえるものではなく、主に「データ伝送」に関しての役割をつかさどるのである。したがって、本願発明の第1の手段に相当するものは、引用発明にも存在するものである。
4 取消事由4について
引用発明のシュミレーション回路は、秘密コードが正しいときに、誤り情報をメモリに書込むときの電流と同じ電流を流すものであり、これによって、携帯物品で消費される電流を観察して入力した秘密コードが正しいか誤っているかを知って秘密コードを発見することができないようにするという作用効果を奏するものである。このように、秘密コードが正しいときに誤り情報をメモリに書込むときの電流と同じ電流を流すことによって、前記の作用効果を得る点では本願発明も変わるところはない。ただ、本願発明では、この点に関し、引用発明のようなシュミレーション回路に代えて、誤り情報を第1のメモリの別異の領域に記憶するようにしたにすぎない。しかるに、同じ回路を流れる電流は同じであることを考えれば、誤り情報を記憶するメモリの別異の領域に秘密コードが正しいときの情報を記憶すれば同一の電流が流れることは明らかであって、当業者であれば、まずそのように考えるものである。さらに、引用例には、誤り情報及び秘密データについては内部メモリに記憶し、特に秘密データについては外部からアクセスできない部分に記憶させていることが示されているのであり、そして、入力した秘密コードが正しいか、誤っているかを知ることによって秘密コードが知られると不都合であることが記載されていることは前述のとおりであるから、その場合に、秘密コードが正しいことを示すもの(アクセス情報)を記憶したメモリ部分を外部からアクセスできないようにすることも容易である。そして、それは入力した秘密コードが誤っていることを示す情報も事情は同じであり、それを記憶するメモリ部分を外部からアクセスできないようにすることも当業者が容易に推考できたものといえる。したがって、本願発明のように、キーのみならず、誤り情報さらにはキーが正しいときのアクセス情報をも同じメモリの第1の部分の所定の領域にそれぞれ記憶せしめることは当業者が容易に推考できたとする相違点aについての審決の認定判断に誤りはない。
5 取消事由5について
審決が摘示するように、メモリの第1の部分に誤り情報及びアクセス情報を記憶するためには、当然、メモリの第1の部分がデータ担体の内部回路による書込みが許容されるものでなければならないことは明らかである。したがって、相違点bについての審決の認定判断に誤りはない。
6 取消事由6について
原告は、引用発明において誤り情報を記憶するのはヒューズであるとの前提に立ち、引用発明においては消費電流同一の作用効果は得られないと主張する。しかし、審決は、引用発明において誤り情報を記憶するのは記憶回路7であると認定しているのであり、記憶回路7がヒューズであると限定的に認定しているものではない。したがって、原告のこの点に関する主張は審決の認定範囲外の事項に基づくものであって、失当である。
また、原告主張のアクセス情報の利用については、誤り情報及びアクセス情報を区別して記憶するというだけでは、具体的な利用方法が明らかではなく、引用発明と同一の作用効果して望めない。
さらに、原告は本願発明においては勘定データ等の処理も行うところ、引用発明ではかかる作用効果は期待できないと主張する。本願発明がデータの処理を行うものであることは認めるが、原告が具体的に指摘するような勘定データ等の処理を可能とする構成は本願発明の特許請求の範囲に記載されていないから、本願発明は原告主張の具体的な処理まで可能とするものとは認められず、かかる主張は本願発明の構成に基づかない主張であって、失当である。これに対して、引用発明においてもデータの「識別比較」、すなわち、「データの処理」を行うものであることは既に述べたとおりであるから、この点において本願発明の「データを処理」するという作用効果は引用発明と異ならないから、原告のこの点に関する主張も失当である。
第4 証拠
証拠関係は書証目録記載のとおりである。
理由
1 請求の原因1ないし3は当事者間に争いがない。
2 本願発明の概要
いずれも成立に争いのない甲第2号証(本願発明の出願公開公報)、同第3号証の1(昭和61年9月9日付け手続補正書)、同号証の2(昭和62年4月14日付け手続補正書)及び同号証の3(昭和63年12月21日付け手続補正書、以下、一括して「本願明細書」という。)によれば、本願明細書には、本願発明の目的、構成及び作用効果について、以下の記載が認められる。
本願明細書には、本願発明の技術分野に関し、本願発明は、「操作が容易でしかも持運びが容易である秘密データまたは秘密を要しないデータのための新規なデータ担体に関する。」(甲第3号証の1、5頁16行ないし18行)との記載があり、次いで、従来技術について、「この種のデータ担体は精巧なものであるが、その主たる欠陥は担体が意図されている用途によって決定される単一の機能を遂行する決まった構成の特殊な電子回路を使用しなければならないという点」、及び「(データ担体の不正使用を防止するための)安全手段を従来より知られている秘密データ用担体内に組込むことはデータ担体とそれに接続される処理装置との間で用いられるキーが正しいか不正なものである否かに応じて異なった対話がなされることを意味する。したがって詐欺を働こうとする者が賢ければ、データ担体の内容を処理装置に接続しているデータ線路から傍受して該データ担体へのアクセスを許容するキーを発見することは完全に可能である(点)」(前同号証の1、6頁13行ないし7頁2行)との問題点が存在することを示し、その上で、本願発明の目的について、「電子的構成がプログラム可能であり、しかも特殊な電子的構成を用いずに多数の機能を遂行することができるデータ担体を提供すること」及び「一般的性質の情報および秘密情報を記憶しており、しかもデータ担体内に記憶されているデータの内部処理およびデータ担体に接続された処理装置とのデータ交換の外部処理のための処理部材を備えておって、処理装置との外部的なデータ交換はキーが正しいものであれ不正なものであれ、異常事態または不正な使用の場合に不変な状態に留まるようにしたデータ担体を提供すること」にあり(前同号証の1、7頁3行ないし15行)、この点をより正確にみると、「本発明によるデータ担体は、電気的にプログラム可能な読出し専用メモリを備えたマイクロプロセッサを有する電子装置と組合わされた小さな寸法の携帯用物品によって形成されるものであって、上記メモリは次のような3個の領域を有している。即ち、データ担体の回路による内部的な読出しおよび書込みだけが許される秘密領域;あらゆる読出しおよび書込み動作が許される作業領域;および、データ担体の内部または外部に設けられた電子装置により指令された読出し動作だけが許される読出し領域である。そして、このメモリは、上記秘密領域内にキーの使用を要求する秘密データヘのアクセスを表示するアクセス領域と誤り領域とを有しており、マイクロプログラムはデータ担体にアクセスが要求される都度上記領域の各々にそれぞれ1ビットを記憶できるようにされていることを特長とする」(前同頁16行ないし8頁13行)との記載がある。そして、本願発明の奏する作用効果に関して、「この発明の装置によれば、装置自体によって確認される秘密コードが該装置に与えられたときに、メモリの予め定められた領域における読出しおよび書込み機能の実行が可能となる。実行されるべき動作は、各用途に対して特定されているマイクロプロセッサのメモリに記憶されたマイクロプログラムによって内部的にかつ連続的にモニタされかつ処理される。この内部処理によれば不正使用を試みようとする者がデータ担体を使用するのに必要な情報の性質を窃取する機会は完全に無くなる。この発明による携帯可能なデータ担体は特に次のような用途に用いることができる。即ち変動する勘定データの記憶や処理、秘密または制限された情報に対するアクセスの制御、処理の内部的分類またはいろいろな処理が可能なようにした携帯用の秘密にされるファイルまたは秘密にされないファイルの作成等である。」(前同頁14行ないし9頁11行)との記載が認められ、これを左右する証拠はない。
3 取消事由について
(1) 取消事由1について
まず、前掲甲第3号証の1により認められる本願発明の特許請求の範囲における「データを・・・処理する」との記載の技術的意義について検討する。
本願明細書には、前掲甲号各証を精査しても、上記「データを・・・処理する」との記載の技術的意義を格別に定義した記載を認めることはできないから、上記記載の技術的意義は、本優先権主張日前において、上記記載に接した当業者が示す一般的な理解によって決するのが相当というべきであり、以下、かかる観点から上記の記載の技術的意義について検討する。
成立に争いのない乙第1号証(昭和53年1月31日財団法人日本規格協会発行、田原正邦編集「日本工業規格情報処理用語」JIS C6230-1977)には、「1.適用範囲 この規格は、情報処理に関して用いられる主な用語とその読み方及び意味について規定する。」(冒頭の頁、なお、頁の記載はない。)との記載があり、その「(1)情報処理一般」、番号「0101」の項には、「データ」の意味について、「人間又は自動的手段によって行われる通信、解析、処理に適するように形式化された事実、概念又は指令の表現。」(前同頁)との、また、番号「0105」の項には、「情報処理、データ処理」の意味について、「必要な情報を得るために、データに対して行う一連の作業」(2頁)との記載が、また、同乙第2号証(昭和47年8月16日株式会社講談社発行、フィリップ・B・ジョーデイン著「マグローヒル コンピュータ百科事典」)には、「data processing(データ処理)」の項に、「データ操作全般について使われる用語で、データが観測されるか収集された時点から、そのデータが消滅する時点に至るまでに、データに起こるすべてのことをいう。」(165頁左欄)との記載がそれぞれ認められ、これを左右する証拠はない。
そこで、以上の各記載を対比すると、上記の各記載は表現方法に違いこそ見られるものの、その記載内容に照らすと、実質的な意味は異ならないものと解されるから、結局、以上によれば、情報処理の技術分野において、「データ処理」とは、一般に、「収集ないし観測された情報について行われるところの必要な情報を得るための全過程におけるこれに関連した作業の全て」を広く指称するものとして理解されているものと解するのが相当である。このことは、前記の日本工業規格が、工業標準化法に基づき、鉱工業技術に関する用語等の統一化を図るべく制定されたものであることからみても、本優先権主張日前において、前記「データを・・・処理する」との本願明細書の記載に接した当業者は、上記の用語の意義を格別のものとして定義するなどの特段の事情がない以上、その技術的意義を上記のようなものとして理解するものとみて差し支えがないというべきである。
原告は、この点について、甲第5号証(1990年1月31日電波新聞社発行、富士通株式会社情報技術用語委員会編「情報技術用語辞典」)を援用するので同号証の記載をみると、「処理する(データを)to process (data)」の項には、「〔JIS〕処理において、データに演算を施すこと。」(151頁)との記載があることが認められるところ、上記刊行物は上記認定の発行時期からみて明らかなように本出願後のものであるが、この点はさておき、その記載内容自体について見ても、「JIS」すなわち、日本工業規格を引用しているのに対して、上記記載中の「処理」に何らの限定を付することなく、また、前記認定の日本工業規格のそれと格別異なることを伺わせる記載もないこと等に照らすと、その内容において、単に表現方法を異にするにすぎないものと解するのが相当であるから、これをもって、前記の認定を左右するものではなく、他にこれを左右するに足りる証拠はない。
そして、本願明細書を精査しても、前記の「データを・・・処理する」との用語の用法を格別の技術的意義を有するものとして定義するなどの特段の事情も認められない以上、上記の記載についても、前記認定と同様のものとして理解するのが相当というべきである。
もっとも、原告は、本願発明においては、「データ」と「キー」は別異のものであるとし、引用発明の「データの識別比較」、すなわち、「キーの識別比較」は本願発明にいう「データの処理」に当たらないと主張するので、この点を検討すると、前掲甲第3号証の3によれば、本願発明の特許請求の範囲の記載は当事者間に争いのない本願発明の前記要旨と同様であることが認められるところ、この記載中には、「第1の部分にキー」が含まれていることが記載されているが、前記のとおり「データ」は広範な内容を有し、一般的にみて「データ」が「キー」を含むことは疑問の余地がなく、本願明細書を精査しても、「キー」を「データ」から除外する旨の記載を見出すことはできない。のみならず、本願発明の前記特許請求の範囲の記載、殊に「前記データ担体の前記外部装置から受入れた可能化キーを前記メモリの前記第1の部分に含まれたキーと比較してチェックするための第4の手段」との記載部分からも明らかなように、本願発明が、キーの識別比較をデータ処理の重要な1部としていることは明らかであるから、「キー」について独立した記載があることをもって、本願発明がこれを「データ」ないし「データの処理」とは別異のものとしているとは到底いえず、したがって、この点に関する原告主張は採用できない。
そこで進んで、引用発明についてみると、同発明がデータを記憶し、また、キーの識別比較を行うことは原告も自認するところであるから、そうすると「データの処理」についての前記認定の技術的意義によれば、これらが、本願発明の前記「データの処理」に含まれることは明らかというべきであり、この点において両発明が一致するとした審決の認定に誤りはない。
したがって、取消事由1は理由がなく、採用できない。
(2) 取消事由2について
原告は、引用発明の資格データは、データ担体の内部回路による読出しが許容されている点において本願発明と一致するとした審決の認定は誤りであると主張する。
そこで、引用発明についてみると、成立に争いのない甲第4号証(引用例)によれば、引用発明は、「前記メモリーと前記連結手段に結合されて、メモリー内に含まれる資格データと携帯物品の所有者が与え且つ前記データ伝送装置を介して携帯物品内に導入された秘密コードを比較するための識別比較装置。」の構成を有するもので(5頁左上欄下から4行ないし右上欄1行)、さらにこの点を引用発明の実施例に即してみると、「(c)入力12を介して携帯物品に導入されるデータを記憶モジュール内の継続資格データと比較する識別比較装置5。この識別比較装置は各入力LとENTRを介して記憶モジュールの出力13と携帯物品の入力12に各々結合されている(更に、その入力(PRG)を介してアドレスデコーダー8の出力(PRG)に結合されている)。」(7頁左上欄下から4行ないし右上欄3行)、「メモリーの最初のアドレスに蓄えられた資格データは装置5内で使用者用データー伝送装置のキーボード上に表記された秘密コードと比較される(各導路13、12)。」(7頁右下欄8行ないし11行)との各記載があることが認められ、これらの記載によれば、記憶モジュールに記憶されている資格データは識別比較装置5に読み出され、同装置内で使用者が外部装置であるデータ伝送装置を通じて与える秘密コードと比較されるのであり、引用例のFig.1によれば、上記の識別比較に関係するアドレスレコーダー8、書込み及び/又は読取り許可指令装置14、制御装置3及び4、アドレス計算機2等はいずれも内部回路であることは明らかであるから、引用発明の資格データは、データ担体の内部回路による読出しが許容されていることは疑問の余地がないというべきである。
原告はこの点について、引用発明は、記憶モジュール1からの読出しは、アドレス計算機2が外部からの時計11によって直接に制御されることによって行われているから、外部装置の直接の制御下に行われているものであると主張する。
そこでこの点を検討すると、引用例には、前掲甲第4号証によれば、「(b) アドレス回路1aと直列に記憶モジュール1に結合されたアドレス計算機2。この計算機の時計Hの入力は周波数制限器10を介して携帯物品の入力11に結合されており、この携帯物品の入力はデータ伝送装置に設けられた時計のカウントを受けるようになつている。」(7頁左上欄11行ないし16行)との記載が認められ、この記載によれば、引用発明においては、外部装置であるデータ伝送過程全体を制御する計算処理装置155からクロック入力を受けることは明らかである(その詳細は次項に認定するとおりである。)が、引用発明の資格データの読出しがデータ担体の内部回路により許容されているものであることは前記認定のとおりであって、外部装置であるデータ伝送装置155から単にクロックの入力を受けることをもって記憶モジュールからの読出しが外部装置の直接の制御下にあるとまでいうことはできない。このことは、本願発明についてみても、本願明細書には、前掲甲第3号証の1によれば、「アドレス・レジスタ11は、論理制御装置16とアドレス・レジスタ11との間の接続線路38を伝送される制御信号によって制御される。このアドレス・レジスタ11に記憶されているアドレスは、論理制御装置16の制御下でデータ担体の端子5に伝送されるクロック信号によって、自動的に増減することができる。」(24頁10行ないし16行)との記載が認められるところ、本願発明の上記クロックが引用発明の前記時計Hに相当することは明らかであって、本願発明も引用発明と同様に外部装置からクロックの入力があるのであり、この点においては、両者の間に差異はないといわなければならないから、この点に関する原告主張も採用できない。
したがって、取消事由2も理由がない。
(3) 取消事由3について
原告は、引用発明では、外部の計算処理装置155との協働によ ってメモリ1への書込み、読取りが行われているのであって、本願発明の第1の手段に相当する構成を具備しておらず、両発明が上記手段を具備する点において一致するとした審決の認定は誤りであると主張する。
前掲甲第4号証によれば、引用例のFig2は、Fig1に示した引用発明の実施例と一緒に用いられる外部装置であるデータ伝送装置の実施例であると認められる(8頁右下欄7行ないし9行)ところ、上記データ伝送装置の構成は、「(a) 携帯物品をデータ伝送装置に接続させるための接続線群(154:携帯回路の供電部、12’、16’、11’:データ交換部)、(b) データ伝送過程全体を制御する計算処理装置155、(c)使用者にデータ(資格の秘密コード、価格等)を導入させるためのキーボード150、(d) 出力装置:携帯物品の内容に関する情報等を使用者に知らせるための表示装置151と印刷機152、プログラム可能な半導体又は磁気カセツト式のメモリー153、使用者に操作順序を案内するための発光指示板157、例えば中央データ処理装置と時々データを交換するための伝送ラインを有する結合部156」からなることが認められる(8頁右下欄12行ないし9頁左上欄5行)。そして、前掲甲第4号証のFig1に示された実施例に関する「bアドレス回路1aと直列に記憶モジユール1に結合されたアドレス計算機2。この計算機の時計Hの入力は周波数制限器10を介して携帯物品の入力11に結合されており、この携帯物品の入力はデータ伝送装置に設けられた時計のカウントを受けるようになつている。」との記載並びに前記Figi及びFig2によれば、データ伝送装置の計算処理装置155から出力される上記11’は、携帯物品の11と接続しており、その時計Hを経てアドレス計算機2に接続しているものであるから、その役割は、計算処理装置155によってデータ伝送装置と携帯物品の間の同期(クロック)を取ることにあるものと解することができる。そして、データ担体に外部装置から上記認定のようなクロックの入力があることのみをもって、外部装置とデータ担体の内部回路の協働関係によってメモリモジュールからの読出しが行われているものと解することが相当ではないことは、前項に説示したところから明らかである。
他方、引用発明においては、メモリ1に含まれた資格データの内部回路による読出しが許容されていることは既に前項に認定したところである。また、引用例には、前掲甲第4号証によれば、Fig 1に示された実施例に関して、「(e) 記憶装置のアクセス(入力及び/又は出力)回路の制御装置3、4。制御装置4は携帯物品の入力12と記憶装置の入力Eとの間に直列に結合され、制御装置3は携帯物品の出力16と記憶モジユールの出力13との間に直列に結合されている。特に入力ETで構成されているこれら制御装置は書込み及び/又は読取り許可指令装置14によって指令される。(f) 書込み及び/又は読取り許可指令装置14。この装置はアドレスデコーダー8と、入力EXを介して比較装置(5)と、始動回路17とに各々結合されており、後で説明するように、その入力Iを介していこの書込み及び/又は読取り許可指令装置の出力ALEは記憶装置のアクセス(出力及び/又は入力)回路の制御装置3、4に結合されている。」との記載(7頁右上欄7行ないし左下欄2行、末頁左下欄下から8行、7行)が認められ、この記載によれば、記憶モジユール1(メモリ1)へのデータの書込みが内部回路によって行われているものと解して差し支えがないというべきである。
そうすると、以上によれば、引用発明が本願発明の第1の手段に相当する内部的な手段を有し、この点において両発明は一致するとした審決の認定に誤りはないというべきである。
したがって、取消事由3も理由がない。
(4) 取消事由4について
原告は、引用発明の回路構成では、秘密コードが正しい場合と誤った場合では消費する電流が顕著に異なるのにこれを同一であると誤認し、また、誤り情報及びアクセス情報を秘密領域であるメモリの第1の部分のそれぞれ異なる所定領域に記憶する本願発明の構成を容易に推考できたとするが、引用例にはこれを明示する記載も示唆もなく、相違点aについての審決の判断は誤りであると主張する。
そこで、まず、引用発明について検討すると、引用例には、前掲甲第4号証によれば、引用発明の目的に関して「本発明の目的は・・・、高度な知識をもつ悪用者が拾つた又は盗んだ携帯物品に対してそのメモリーの入力ゲートを開くまで可能な限りの全ての秘密コードを超高速に系統的にテストするのを防止することにある。」(4頁右上欄2行ないし6行)、「高度な技術を持つた悪用者が盗用又は取得した携帯物品の可能な全ての秘密コードを超高速度で系統的な一連のテストを行なうことを防止すること」(5頁左上欄2行ないし5行)との記載及び引用発明の実施例に関し、「(g) 前記識別比較装置によつて検出された秘密コードの誤りの証拠を記憶させておくための記憶回路7。」(7頁左下欄3行ないし5行)、「比較の結果違つている場合には比較装置から記憶回路7に指令が送られ、アドレス計算機2のゼロリセット入力Rが付勢されたままとなり、その結果、この携帯回路は使用できない状態となる。」(同頁右下欄12行ないし15行)、また、「シュミレーション回路6」に関して、「この回路6は積極的比較時すなわち秘密コードが資格データに対応した場合の記憶エレメントの破壊を電気的にシユミレートする。そのため、悪用者がこの携帯物品の電圧供給導線VPで消費される電流を観察しても、テストした秘密コードが正しいのか間違つているのか知るための制御装置3を介する情報の出力又は非出力からは何の結論も得られず、その電流計の目的は達成できない。」(8頁左上欄19行ないし右上欄7行)との記載がそれぞれ認められる。
以上の各記載によれば、引用発明においては、データ担体の利用者が該担体の利用に当たり書込んだコード(以下「アクセスコード」という。)が秘密コードと符合しない場合には、記憶回路7に誤り情報を記憶してその痕跡を残し、他方、秘密コードと符合した場合には、誤り情報を記憶する場合に要するのと等しい電流をシュミレーション回路6に流すことによって、アクセスコードが正しい場合と誤った場合を、消費する電流の違いを外部から検知することによって識別することを不可能ならしめ、もって携帯物品の悪用を防止しようとしたものであることは明らかである。したがって、引用例には、データ担体において、アクセスコードの正否の判定に要する消費電流の違いによって秘密コードを外部から認識しようとする悪用者から秘密コードの盗用を防止する必要があるとの技術的課題が示され、それに対する解決手段として、アクセスコードが正しい場合も誤っている場合もその判定に要した消費電流を同一とすることによって、アクセスコードの正否の判定に要した消費電流の違いを外部から認識することを不可能ならしめて携帯物品の悪用の防止を可能ならしめるとの解決手段ないしは技術的思想が開示されているものと解することが可能である。
してみると、引用例には、前記の技術的課題に対し、消費電流を同一とするという上記の技術的思想とこれを実現する具体的な方策としてシュミレーション回路という技術的手段が開示されていることからすると、これを知る当業者が、消費電流同一を実現する技術的手段として、アクセスコードが正しい場合にも誤り情報を記憶するのと同様の方法でこれに関する情報、すなわちアクセス情報を記憶させるという構成を想到することは、「シュミレーション回路」が「模倣回路」、すなわち、本来、被模倣回路と同一の回路を設置すべきところ、その設置に代えて設けた回路(一般的にいって、その構成が本来の回路より簡易な構成となることは「模倣回路」構成を採用する以上、当然のことである。)を意味していることからみて、誤り情報を記憶する回路と同一の回路を設置すること自体が引用例に示唆されているといってよく、このことからすると、シュミレーション回路に代えて上記の構成を採用することを困難とする理由はないといわなければならない。
これに対し、原告は、引用発明では、アクセスコードが誤りである場合には、記憶回路7のアースされたヒューズ51に、正しい場合には、シュミレーション回路6のアースされた抵抗61にそれぞれ電流を流しているいるところ、前者は破断可能なヒューズであるのに対し、後者は抵抗61であるように、異質の電気材料からなる電気部品に電流を流しているのであるから、両者を流れる電流は顕著に相違すると主張し、いずれも成立に争いのない甲第6ないし8号証を援用するので、この点を検討する。
引用例には、前掲甲第4号証によれば、「記憶回路7はアースされた破断可能なフユーズ51によつて構成されており」(11頁左上欄4、5行)、「シュミレーション回路6はアースされた抵抗61によつて構成され(る)」(前同頁右上欄7、8行)との各記載が認められ、これよれば引用発明の1つの実施例においては記憶回路7及びシュミレーション回路6が原告主張の上記各素子から成るものと認めることができ(但し、上記構成のものに限定されるものではない。)、そして、上記の各甲号証によれば、両者を流れる電流は必ずしも同一とはいえないことが認められる。しかしながら、かかる事実が認められるとしても、引用例が、アクセスコードが正しい場合に、誤り情報を記憶する場合と同様に、これに関する情報、すなわちアクセス情報を記憶する構成を示唆していることは前記認定のとおりである以上、上記の事実は何ら前記の想到容易性の判断を左右するものではないというべきである。したがって、この点に関する原告主張は採用できない。
次に、原告は、引用例には、誤り情報を記憶する場合に、その不可逆性と不可侵性を保証することの記載はないし、これを示唆する記載もないから、誤り情報を記憶する場合、外部装置によるアクセスを禁止することが示唆されていないなどとし、誤り情報及びキーが正しい場合のアクセス情報をメモリの秘密領域の所定の領域にそれぞれ記憶せしめることを当業者が容易に推考できたとした審決の判断は誤りであると主張するので、以下、この点を検討する。
引用例には、前掲甲第4号証によれば、「ゲート41の入力A0-A15によって携帯物品のメモリー内に含まれる資格データの不可逆性と不可侵性が保証され、この入力によってゲートETは資格データに含まれるメモリーのアドレスに対して自動的に閉じられる。」(10頁左上欄15行ないし19行)との記載があることが認められ、この記載によれば、原告主張のとおり、不可逆性と不可侵性が保証されるメモリ領域は資格データによって満たされていて、他の情報が記憶される余地はないということができる。しかしながら、上記の記載はその前後の記載から明らかなように、引用発明の1実施例にすぎないことは明らかであるから、上記の記載をもって、引用発明の不可逆性と不可侵性の保証されているメモリ領域が、すべての場合、資格データで満たされているものと断定することは早計であり、現に、前掲甲第4号証によれば、引用例には、「23)前記記憶回路の各メモリー素子が記憶モジユールのメモリー素子によつて構成されていることを特徴とする特許請求の範囲第1項~第22項いずれかに記載の携帯物品」(特許請求の範囲)との発明の記載があり、ここにいう「記憶回路」が前記認定の誤り情報を記憶する回路であり、また、「記憶モジユールのメモリー素子」が資格データを記憶するメモリであることは既に認定した「資格データを含む容易に伝送できる形態でデータを記憶するための少なくとも一つのメモリモジユール」との記載に照らして明らかであるから、結局、引用例には、誤り情報を資格データと同一のメモリの領域に記憶することが記載されているものといって差し支えがないというべきである。
そして、この場合において、前記のように秘密コードが正しい場合についても誤り情報を記憶する場合と同様に記憶するとした場合に、両者の情報は共に外部から秘密にされることを要する点において差異はない以上、前者の情報もメモリの秘密領域に記憶するようにすることは当業者にとって容易に想到し得たものというべきであるから、この点に関する原告の主張は採用できない。
したがって、相違点aについての審決の判断に原告指摘の誤りはなく、取消事由4も理由がない。
(5) 取消事由5について
原告は、引用発明の外部装置によるアクセスが禁止される領域は資格データによって満たされていて、他の情報が記憶される余地はないから、引用例には、メモリの第1の部分について、使用時に書込みが許容されるべきであるとの示唆はないとし、また、審決の判断は相違点aを前提とした「容易の容易」の論理であるとし、相違点bについての審決の判断は誤りであるとする。
そこで、上記主張について検討すると、引用例には、メモリの第1の部分について、使用時に書込みが許容されるべきであるとの示唆はないとする原告の上記主張が誤りであること前項に述べたとおりである。そして、既に述べたように、誤り情報及びアクセス情報が、携帯物品の悪用を回避する上で、共に秘密性の保持を要する情報である点において差異がないことは明らかである以上、これらの情報を外部回路によって書込み及び読出すことを禁止し、この書込み及び読出しを内部回路によって行うことは、記憶する情報自体の前述したような性質から自ずと要請される事柄であって、かかる構成を採用することは当業者が当然に想到し得たところといわなければならなず、この点に関する審決の判断を相違点aの容易想到性を前提とした容易の容易の論理であるとする原告の非難は妥当しないというべきである。
したがって、相違点bについての審決の判断に誤りはなく、取消事由5も採用できない。
(6) 取消事由6について
原告は、本願発明の奏する消費電流同一、誤り情報及びアクセス情報をメモリの第1の部分のそれぞれ別異の所定領域に記憶することにより、外部装置によるアクセスを禁止し、また、これらの情報を区別して利用することが可能となる、データの記憶のみならず「勘定データの処理、分類、ファイルの作成等」のデータ処理も可能である、といった作用効果はいずれも顕著なものであるのに、審決にはこれを看過した違法があると主張する。
そこでこの点について検討すると、前2者の作用効果については、いずれも既に説示したとおり、当業者において引用発明に基づいて容易に想到し得た構成に基づく作用効果である以上、これらの作用効果をもって当業者が予測し得ないものということは困難であるし、加えて、区別して利用することが可能になるとの点については、原告の主張は何ら具体的な使途に言及するものではなく、単に抽象的な利用可能性を示唆するに止まるものであるから、いまだこの漠然とした可能性をもって顕著な作用効果であると断ずることは困難であるといわざるを得ない。さらに、後者の点についてみると、かかる作用効果は、前記2に認定したように、本願発明の構成にマイクロプロセッサを採用した場合に奏する作用効果であることは明らかであるところ、本願発明の特許請求の範囲にいう「データの・・・処理」とは既に述べたように「収集ないし観測された情報について行われるところの必要な情報を得るための全過程におけるこれに関連した作業の全て」を広く指称するものと解するのが相当であるから、上記の「処理」はマイクロプロセッサの構成を採用したことによる処理に限定されるものではなく、この点に関する原告主張は、本願発明の要旨に基づかない主張といわざるを得ず、採用できない。
したがって、この点についての審決の判断も正当であり、取消事由6も理由がない。
(7) 以上の次第であるから、取消事由はいずれも理由がなく、審決に原告主張の違法はないというべきである。
4 よって本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担及び附加期間の定めについて行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)
別紙図面1
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別紙図面2
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